キングダムでは青歌城の城主として登場する司馬尚ですが史実ではどんな人物だったのでしょうか。この記事ではキングダムの司馬尚と史実の司馬尚について比べてみていきましょう。

キングダムの「司馬尚」

青歌城の城主であり、癖の強いツインテールの大柄の男性です。趙中央を嫌っており独立的な勢力の立ち位置でもあります。王翦軍の亜光を討ち取ったりと武闘派です。

史実の「司馬尚」

結論から言いますが司馬尚の情報が少なすぎてどんな人物だったのかは不明です。残っている情報だと李牧と共に名将であったことくらいです。詳細に残っているものだと紀元前229年に秦が攻めたときに大将李牧と将軍司馬尚が防衛に当たらせ、しっかりと防衛できていたという情報があります。戦上手であることは間違いなさそうです。

防衛できていたのに趙は滅ぶわけですが、それは李牧と司馬尚が将軍から外されたからなんですね。その後3ヶ月で滅ぶことから王翦が強いことは間違いないですが、その王翦を攻めあぐねさせた李牧と司馬尚はかなりの実力者であると言えそうです。

気になるのが李牧と司馬尚が将軍から外された後に李牧は処刑されたのですが司馬尚は庶民に落とされただけなんですね。性格的に司馬尚のが穏和であった可能性(表立って歯向かっていない)やキングダムと同じで李牧一派という感じではなく、別勢力であったので李牧と連座させる必要はなかった、司馬尚は司馬尚で影響力があったので有力な将軍を2人も処刑するのは流石に反乱などを恐れたなどが考えられます。